ALWAYS 三丁目の夕日

saitoukanchou2005-12-30

 新宿で「ALWAYS 三丁目の夕日」を鑑賞しました。
 以下、その感想文です。よろしかったらご一読ください。

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 僕は幼少期から高校1年まで、葛飾の下町である金町に住んでいた。
 住まいは下宿のようなアパートで、壁はベニヤ張り、外壁はトタンだった。
 毎日路地裏で遊んで、竹馬や狭い家同士の隙間をすり抜けては家の人に怒られていた。
 そこには昭和の息遣いがまだ、確かにあった。

 そしてこの映画は昭和33年が舞台。

 確かに僕が暮らしていた時代とは10年以上の隔たりがあったが、そこには僕らが暮らした昭和の息吹、そのものがあった。古い商店街、車、都電・・・そんな風景がスクリーンに投影されるたび、自分の幼少期を思い出して、既に涙目になっていた。

 そして上野駅・・・。小学生の頃から鉄道ファンだった僕は、よく友達と一緒に夜中に集まり、金町から上野まで自転車で通っては、夜明けから昼過ぎまで続々と到着する特急、急行、寝台列車を写真に撮っていた。

ああ・・・間違いなくあの時の活気のあった上野駅が、完璧に再現されていた。スクリーンを見ながら、その時の友達の顔を思い出してしまって、胸が熱くなった。

そして上野に到着する蒸気機関車・・・。
流石に常磐線蒸気機関車が現役の頃は認識してはいなかったが、冒頭に登場する列車に使用されていた機関車は、京都に保存されている機関車(C62 2)だった。しかもナンバープレートまで忠実に当時常磐線に所属したものに取り替えてまでいて・・・。このシーン一つ撮るだけでも、いかに今回の映画作りに妥協していないかというのがわかる。

そしてCGと実写との幸せな融合には、ただただ驚くしかなかった。随所に挿入される街の景色や、延々と列車の窓辺から見ることが出来る、発展途上の東京の街並み・・・。それらはどのシーンにもCGの力を借りているはずなのだが、それを全く感じさせない技術には本当に驚きであった。
これに非を唱えるとしたら、それこそ重箱の隅をつつくような事しかないと思う。

でもそんな事は野暮な事。これみよがしにCGを誇示するよりは、僕はこの映画のようなCGの使い方のほうがよっぽどいいと思う。

そして一番魅力的だったのが、誰もが近くに住む人達が気になって仕方がない世界・・・そういえば、うちのアパートにも親戚のお姉さんが住んでて、家に勝手に上がってきては料理作ったりしてたっけ・・・。今思うと、そんな生活が堪らなく懐かしく、そして温かだったなと、思い出して仕方がなかった。

その生活感が満載の街の中に住まう人達の、なんて生き生きとしていることか!
親父は問答無用で子供の頭を叩くし、子供達は皆、元気だしね。お金はなかったかもしれないけれども、誰もが一生懸命生きている−−そんな人々の物語に笑い、そして泣かせられた・・・。

そして人々の出会いと別れの物語の最後に、発展の象徴の東京タワーが完成する。
 そんな東京タワーを見ながら、家族が佇むラストシーンには、めい一杯の希望を受け取ったよ。

 こんなに胸が熱くなる・・・こんなに温かな気持ちになれる映画を作ってくれて、監督をはじめ、関係者の皆様には心から「ありがとう」と言いたい。

 ー−最後に主演の堤真一さんが試写会後に話したコメントで締めたいと思います。
これはそのまま、私の気持ち、そのものですので。

「こんなにも心が震える映画になるとは思いませんでした。是非、子供から大人まで、多くの方に観ていただきたいと思います。」